カインドフル・マインド™️って何?

人はどうして傷つけあってしまうのか?

 同じ目標に向かっていたはずの同志が、関係を解消せざるを得ないほどこじれてしまう。仲良しだった友達同士が、ひょんなことから傷つけあってしまう。大好きだったはずの人が、この世で最大の敵になってしまう。愛し合っていたはずの人が、この世で一番憎い相手になってしまう……。みなさんには、そんな経験はないでしょうか?

 私にもそんな経験はありました。特に元夫と離婚した時は本当に辛くて、どうしてこんなに人は分かり合えないのかとずいぶん悩んだものです。自分が痛みと戦う過程は、いろいろな気づきを得る機会でもありました。知っているはずの心理学的な知識や研究してきたことなどをひっくり返し、解決の糸口を必死で探しましたが、人を助けるはずの理論は机上の論理にすぎず、実生活では何の役にも立たないことも実感しました。

 しかしあきらめずに色々さぐっているうちに、「なぜこんなことに気づかなかったのか?」と思う発見をすることもできました。カインドフル・マインドとは、実はそんな自分の経験の気づきによって生まれた考え方でもあるのです。

自分にも他人にも優しい選択を忘れると、人は傷つけあってしまう

 そもそも論として、人は他人の痛みには鈍感なものなのです。例えば同じ時間を共有して、同じことがらを経験しても、みなさんが経験している物語と、第三者が経験している物語は似て非なるものだったりするのは当然なのです。

 人が何かに折り合いをつけようとするとき、自分を押し通そうとする力が強い場合もあれば、目の前にある現実や状況に痛みを感じていながらも、「人生こんなものだ」とか、「仕方がないことだ」と、それらを改善していくことを止めてしまう場合もあります。しかしこうしたアンバランスは結果的に、人と人とが傷つけあってしまう原因になります。

 自分を押し通そうとする人は、その主張の根源を相手にしっかり伝える必要があります。一見つつましやかに状況を受け止めてしまったり受け入れてしまったりする人も、本音をちゃんと伝えなければなりません。言葉にならない言葉や期待は、必ず混乱のもとになります。自分を押し通すがあまり相手の気持ちを軽んじたり、相手との対立を避けたいがあまり自分の気持ちや状況を主張することを忘れては、結果的に人は傷つけあってしまうのです。

カインドフル・マインドを知るには「言葉の定義」を大事にする必要がある

 カインドフルネスとは、人にも周囲の状況にも、そして何よりも「自分自身」に優しい生き方を選択することを意味しています。真の優しさとは、自分が誰かのために我慢し続けたり、誰かに我慢させ続けたりすることではないのです。現代社会ではいとも簡単に、カインドフルなバランスが崩れてしまうことがあります。勝つか負けるか、成功なのか失敗なのか…そうした…白黒思考は私たち人間に分断をもたらし、本来は愛すべき周囲との調和をいとも簡単に破壊してししまうのです。

 みなさんがカインドフル・マインドを手に入れるために必要なこと。その第一歩はみなさんが話す言葉に注目し、自分の言葉の定義をしっかり理解することです。その上で、相手が話す言葉に耳を傾け、彼らが語る言葉の定義をしっかり理解する必要があります。

 人はみな違う人間です。日本語だったり、英語だったりと、一見同じ言語を話している人であっても、実は使っている言葉の「定義」は微妙に違うことがあります。例えばみなさんは「愛」という言葉をどう定義しますか? 「成功」とはどんな定義でしょう? きっと周囲の数人にこの質問をしたら、誰もが違う回答をするはずです。言葉というのは、多くの人が共有するプラットフォームにすぎません。そのプラットフォームを上手に使いこなしていくこと、それがカインドフル・マインドの構築には欠かせません。

 このシリーズでは今後、カインドフル・マインドのさらに具体的な情報をお伝えしていきます。

 

  

 

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