
柴田あずさがお届けするカインドフルなムービーセレクション。今回ご紹介するのは、私たち誰もが遅かれ早かれ直面するであろうテーマ、「親の介護」を描いたドキュメンタリー作品です。
エミー賞ノミネート歴を持つフィルムメーカー、ミッシェル・ブーヤナー(Michelle Boyaner)が監督を務め、20組の家族のリアルな介護の現場を取材。そこには、困難のなかにある笑いや、かけがえのない親子の絆が、ユーモアとともに丁寧に描かれています。
実はこの作品のプロデューサーを務めたWendy Zipes Hunterは、私の高校時代の友人なんです。そんなこともあり、ちょっと思い入れある気持ちで鑑賞しました。私自身も、13年間にわたる父の在宅ケアを経験。父との日々を思い出しながら作品に向き合うことで、心がほどけるような想いがありました。
ミッシェルは語ります。
「介護には大変なことがたくさんあるけれど、悩んでいるのはあなただけじゃない。だからこそ、支え合える関係が必要なんだ」と。
この映画は、ケアをする私たち子世代の葛藤や迷い、そしてケアされる親たちの本音や願いを、さまざまな家族のストーリーを通して浮き彫りにしていきます。残念ながら現在は英語版のみの公開ですが、もし介護について考えるきっかけを探しているなら、ぜひこの作品を覗いてみてください。
※DVDはAmazon Japanでも購入可能です。
コンテンツ
人生はテーマパークのように
「人生は、遊園地のアトラクションみたい。ひとつの乗り物が終わったと思ったら、もう次の乗り物に乗せられているのよ」――。
そんな言葉から静かに始まるのが、ドキュメンタリー映画『It’s Not a Burden』。オープニングではまず、監督ミッシェル・ブーヤナーが、自身と母とのリアルな日常を見せてくれます。
母・イレーンを迎えに行く車の中で、ミッシェルは電話口でこう叫びます。
「ママ、準備できてるって言ってたよね!? でも今もキッチンテーブルでメイクしてるでしょ!」
そして画面には、彼女の心の声が大きな文字で映し出されます。
「GOD I AM SUCH A BITCH!(私ってほんと、ひどい娘だわ)」
観る側は思わず笑いながらも、「わかる…」と胸がちくりとする瞬間。介護を経験した人であるなら、誰もが経験したことのある、あの“イライラと後悔”の混じった感情。
ミッシェルはこう語ります。
「小さい頃、親たちは私たちが迷子にならないように見守ってくれて、遊園地でホットドッグを買ってくれた。今はその役割を、私たちが引き継ぐ番なんだと思うの。親が迷わないように、私たちが“ホットドッグの代わりになる何か”を手渡す番なのよ」
親を想う深い愛と覚悟が垣間見える――そんな風に感じました。介護とは、重く苦しいだけのものではなくて、そこにはたしかに、笑いやユーモアと一緒に積み重ねられてきた“愛のかたち”があるということが、この言葉からも読み取れます。
家族のかたち、それぞれのケアのかたち
この映画には、ミシェル以外にもさまざまな家族が登場します。介護のかたちは本当に十人十色。でも、どの家庭にも共通して流れているのは、“愛”と“ユーモア”です。
✦ マイクと母・フローレンス
双子の子育てと仕事に追われながら、母の世話もするマイク。母はPCやiPadをゲーム機だと思っていて、会話は噛み合わないこともしばしば。でも笑いは絶えません。
「飛行機に乗ったときは、まず自分に酸素マスクをつけるでしょ? それと同じ」と語るマイク。自分の健康や時間を大切にしながら介護と向き合う、リアルな姿が印象的です。
✦ セシルと母・マヌエラ
独身で一人っ子のセシルにとって、母は世界の中心。「母を知らない人に任せるなんてできない」と言い切ります。
ところが撮影から10か月後、母は脳卒中で倒れ、左半身が麻痺。涙をこらえながらも、母を迎える準備を整えるセシルの姿が胸を打ちます。
✦ ステファニーと母・ジャネット
毎日施設に通い詰めていた娘のステファニーに、ある高齢女性がこう声をかけます。
「大丈夫よ。毎日来なくていいのよ」
その一言で、彼女は週3回の訪問に切り替え、ようやく自分の時間を取り戻すことができました。
「体験者の言葉だったからこそ、素直に受け入れられた」と彼女は語ります。
QOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めるという発想
そしてもうひとつ、印象的だったのがこちらの親子――マキシンと母・エスター。
エスターはかつてピッツバーグで活躍した元エンターテイナー。今もその精神は健在で、「自分に向けられる拍手が若さの秘訣」と笑います。
けれど、入居した施設で“お年寄り扱い”をされることに強く反発。「母の人生はステージなの!」と声をあげたマキシンは、なんと7度も施設を変えた末に、ようやく母に合った環境を見つけ出しました。
96歳の誕生日。エスターはスポットライトの中で笑顔を取り戻し、かつてのようにステージに立ちます。その姿には、母の人生を取り戻そうと奔走した娘の想いと、QOL=人生の質の大切さがにじんでいました。
離れていても、心はそばにいられる
Alexaで音楽をかけて一緒に踊ったり、遠方から電話で聖書の言葉を読み合ったり…。物理的な距離があっても、心を通わせることはできる。そんなシーンにも、静かな希望が込められています。
また、ミシェルは、母イレーンと離婚した父親の家を訪れます。彼は今や、掃除もままならない生活を送っていて、家の中はポロシャツ163枚をはじめ、物であふれていました。
ミシェルはため息をつきながらも、手伝いの人と協力して見事に家を片づけます。
すると父は、こう言うのです。
「外じゃ年寄り扱いされるけど、家の中じゃ自由に踊れるよ」
汚れていた部屋が整い、心も晴れた父の姿に、QOL(人生の質)を支えるとはこういうことかと感じさせられます。
この場面は、ミシェルが母だけでなく、父とも向き合い、家族のひとりとして大切にしていることを描いた象徴的なシーンでした。
介護は「愛」の循環
たくさんの家族が登場するこの作品の中で、特に印象に残ったのが――ポーラとその母・トリシアの親子です。
トリシアは認知症が進み、日常会話も難しくなっています。何を言いたいのか、言葉が出てこないことも多い。けれどポーラは、そのひとつひとつの言葉に耳を傾け、ゆっくりと向き合い続けます。
ポーラは言います。
「介護はとても大変。でも、その中には“美しさ”があると思うの」
お母さんが最後の力をふりしぼって伝えようとする言葉を、ちゃんと受け取ってあげたい――そんな深い愛からくる姿勢でした。静かに、けれど確かに心を打つシーンです。
そして本作品には、ポーラたちのような密接な関係だけでなく、さまざまな家族のかたちも登場します。
たとえば――
・自らホームへの入居を選んだ高齢の母親
・夫婦で協力して親の介護にあたる家族
・血のつながりはなくても、信頼できる友人たちに囲まれて過ごすLGBTの高齢者
誰もが、それぞれのやり方で“誰かを大切にする”ということに向き合っています。そこに共通するのは、「正解」はひとつではない、ということ。介護の形は人の数だけあっていい。大切なのは、“どう支えるか”よりも、“どれだけ心を寄せているか”なんだと、この作品は私たちに教えてくれるのです。
そして最後に──母との別れを経て
映画の終盤、ミシェルの母・イレーンは体調を崩し、数度の入院を経て亡くなります。笑いとユーモアを忘れなかった彼女は、家族と友人たちに見守られながら最期を迎えました。
亡くなった夜、ミシェルは携帯に登録していた母の名前を「Elane」から「Mom」に変えたことをカメラに向かって涙ながらに語ります。それは、長い旅路の果てにたどり着いた、母娘の絆の証でした。
父の手のぬくもりを、私は忘れない
この作品がリリースされたのは、ちょうど私の父が大病と闘っていた頃。13年という長い介護時間をともに過ごし、最期の三日間だけ病院で見送ることになりました。往診も断り続け、最後まで「家にいたい」と願った父。その気持ちを理解しながらも、病院で静かに手を握るしかなかったあの時間。
父・マイク実(Minoru)柴田が、私に残した最後の言葉は「アッチャン、ありがとう」でした。
あの時、しっかりと彼の大きくてあたたかい手を握れたことが、今でも私の心の支えになっています。
不思議と、亡くなった今でも彼が近くにいるような感覚があります。きっとそれは、人生というアトラクションを共に駆け抜けたからこそなのでしょう。
人は亡くなる瞬間まで「耳」は機能している――そんな話を聞いたことがあります。けれど実は、それは「最期のとき」だけでなく、“いま”という時間にもあてはまるのかもしれません。
いま、目の前にいる親に。
いま、電話口の向こうにいる大切な人に。
まだ伝えられることがあるなら、どうか言葉をかけてみてください。
They will certainly hear your voice.
あなたの声は、きっと届きます。
言葉には、想いをつなぐ力があります。照れくさくても、ちょっとぎこちなくてもいい。いま、あなたの言葉を待っている人が、すぐそばにいるかもしれません。
It's Not a Burden(2021)
Producer:Wendy Zipes Hunter / Filmmaker:Michelle Boyaner













